2022/06/14
実は日本の医療は先進国で最低だ
空港で、私はちょうど監視人の隣でそっと座って彼らを待っていた。監視員が私に話しかけた。
「一人なのか。どうしてそこに座っているんだ」
私は答えた。
「家族と一緒に来ている。私は体が不自由なのでここで待っている。妻と娘が別れを惜しんで泣いている」
監視員が私にうなずいた。
「いつもの光景だね」
何となく優しい言葉遣いであった。この人も毎日、そんな別れの涙を見続けている人なのだろう。私は少し尋ねた。
荷物をモニターで監視している姿が印象的だった。
「あなたを撮影しても良いですか」
彼は答えた。
「あなたはこの監視の場面だけを除けば、どこを撮影しても良い。但し、ここは禁じられている。ゴメンね」
私は少し笑って答えた。
「もちろん、規則は大切です。その為に貴方が罰を受けたら、私も苦しい」
監視員が少し微笑んで、
「別れは辛いよね。ここも撮影出来たら良いのにね」
わずかな会話だった。
しかし、私の印象に残った。私の苦しさを淋しい気持ちを共有してくれているような感じがして、何か救われた。この人も私と会話をしてくれて、それでも規則は守らなければならない。
誰もが、決められた規則を守りながら、それでも生きている。そして、次女の悲しい涙も規則で決められたものであり、ここで逃れることは出来ないのだ。
ほんの一瞬、私は次女が琵琶湖の近くの旅館で泣き崩れていたことを思い出した。子供が小さいし、一泊だけの旅行を設定していたのだった。
幼い次女は旅館を出る時に、激しく泣いていた。
「パパ、もう一日だけで良い。後一日、後一日だけここにいようよ」
その時は私も元気だった。自分の車で運転していた。
次の日には生徒が来るはずだった。後一日、休める筈もなかった。次女は車の後ろの席で、激しく泣いていた。
「ねえ、一日だけでは淋しい。後一日、お願い、パパ」
車が進んでいる間にも泣き続けていた。妻が私に小さい声で言った。
「立ったまま泣いたままで寝ている」
泣き疲れたのだろう。どれ程、楽しかったのだろうか。せめて二泊するべきだった。私は妻に言った。
「一泊で十分と思っていたけれど、来年はせめて二泊の旅行をしよう」
事実、次の年には二泊で同じ場所を訪れていた。次女もその年には本当に喜んでいたものだった。
あの時は私が元気だった。今は娘の方が元気である。しかし、状況は極めて似ている。避けられない別れ。
嫌、あの時には次の年に、もう一度訪れることが可能だった。今度は次の年がないのである。今の方が辛いだろう。幼くて無理を言って泣いていた次女、次の年には罪滅ぼしが可能だった。しかし、今回は次の年はない。
私は別れの場所から離れていたけれど、出来れば一緒に泣きたかった。しかし、おそらく、ぎりぎりまで別れを惜しんで、急いで空港に走るのは、体力的に無理だったのだ。私は離れた場所で、一人で妻と次女を待つ。只、監視員とほんの少し、心を共有できた。待とう、ここで妻と次女が走り込んで来るのを待とう。
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ブロ友
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