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実は日本の医療は先進国で最低だ










本当に脱線して申し訳ないが、これについて私見を述べさせて欲しい。通常、小さい時から一緒に育てられた兄弟を愛することは極めてまれであろう。私自身も自分の姉や妹の裸を見たいと思ったことはない。まして、自分の娘の裸体を見たいと思ったことなど一度もない。思うに自分の近親者には自然にブレーキがかかってしまうのだろう。それが自然なのだ。









私も多くの友人たちと話したが、私の友人の中には自分の娘の裸体を見たいなどと思うものは一人もいなかった。しかし、現実に自分の娘を強姦した例はいくらでもある。表面化しただけでも、いくつでもあるのだ。表面化していないものはもっとあるだろう。








実際、尊属殺人罪が廃止されたのはこの事件が契機になったのだ。これも若い方々は初めて聞くと思うので解説させて頂きたい。
「普通の殺人より刑が重く、死刑または無期懲役に処せられたが、最高裁判所はこの規定を憲法14条に定める法の下の平等の原則に違反するとした。平成7年(1995)の刑法改正で削除された」








被害者の女性は実の父から強姦されていた。二度も三度も妊娠していた。
父から逃れるために止む無く父を殺したのだった。
しかし、尊属殺人罪がある為に、検察は法を守る為に止む無く有罪を求めたのだった。最高裁判所は可哀そうな娘を助ける為に、初めて違憲立法審査権を発揮したのだった。











私は法律には本来興味がないのだが、余りにも驚いたのでついつい深掘りしたのだった。私の記憶に或は間違いがあるかもしれない。しかし、概ね真実であると思う。それにしても不思議だった。当時には有罪を求めるのは検察官の特権であった筈だ。なぜ、敢えて有罪を求めたのか不思議でならない。不起訴処分も選択できたのではないだろうか。機会があれば、ぜひ法曹界の方々に詳しく教えて欲しい。











それにしても思うのである。本来、子供時代を共有すれば異性として愛せないのが自然の摂理だろう。
しかし、例外も又あるのだ。私は目の前で母鳥が得にもならないのに、二十一日間も卵を温めて孵化させ育ったヒヨコを懸命に育てるのが不思議でならなかった。父が独り言を言っていたのを今更のように思い出すのである。











「大抵の牝鶏は卵を温めたがる。そやけど、全然温めようとせん牝鶏もいるんや」
大抵の牝鶏は得にもならないのに、卵を温めようとする。そして、ヒヨコの世話をしようとする。しかし、絶対にしようとしない牝鶏もいたのだ。
鶏の世界でも、例外があるのだ。まして、人間の世界ではあるのが自然だろう。











今、ようやく同性愛も認められるようになった。それなら、少数の例外として兄妹間の恋愛も認められて良いのではないだろうか?
確かに、遺伝子的には問題があるだろう。しかし、愛してしまったなら、本人にもどうにも出来ないのではないだろうか。幸い、私は恐らく自然のブレーキがあったのだろう。私は姉や妹やまして自分の娘を恋することはなかった。











しかし、両者が合意であるならば、道徳的に非難だけするのは如何なものだろうか。
少し脱線して申し訳ないとも思う。しかし、常に私は疑問として持っていたので話題として提供してみたくなったのだ。尚、当然に娘を強姦するのは絶対に悪いことである。しかし、例えば娘がその母が死んだ後にも、父しか愛せないとしたら認めても良いのではないだろうか。この問題に対しては、ここで止めたいし、止めなければならない。











家庭のことに戻れば、妹はなくてはならない存在だった。妹がいなければ我が家の秘密を知らないままだった。長兄と姉が先妻の子供であったことは、多分、私が高校に提出した戸籍謄本で初めて知ったのだと思う。三男の筈の私が次男になっていた。当時は驚いたのだが、誰も真実を教えてくれなかった。実の子でありながら、我が家の秘密を何一つ知らなかったのだ。





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妹は家族の中では最も愛されただろう。事実妹は家族の秘密を随分知っていた。例えば私が生まれて三年後に実は母が妊娠していたのだが、父にとっては四人もの子供を育てていて、中絶することを主張していたのだが、母は強く生みたいと言っていたらしいのだ。母が父に対して主張するなど考えられなかった。少なくとも私の目の前では、いつも父の意見を有難く聞いていた。






しかし、相当強く主張していたのだろう。その三年後に母がもう一度妊娠した時には流石に父も反対できなかったのだろう。恐らくしぶしぶ認めたのだろう。母は当然に女の子を望んでいたし、期待通りに女の子が生まれてきたのだ。可愛くて堪らなかったのだろう。今のように妊娠した時に男か女か分かる時代ではなかったのだ。








出産も病院でする人など殆どいなかった時代なのだ。出産の時には産婆さんが家に来て出産を手助けするだけだったのだ。それ故、出産はずっと難しかった。未熟児が生まれたら、ほぼ確実に死産になっただろう。時には子供は生まれたものの母親が死ぬことも珍しくなかったのだ。出産は文字通り命がけだった時代なのだ。








生まれて初めて女の子であることを知った母はそれだけに嬉しくてたまらなかったことだろう。何でも話せたのだと思う。妹が私に言った。

「もし、その時に中絶せずに出産していれば、私は生まれてこなかったのね」

確かにそうかもしれない。私は返答できなかった。







確かに妹は家族の秘密を知っていた。例えば私の祖母も実は初婚ではなかった。これは本当に驚くべき大事件だった。或は祖母がもしも生きていれば名誉棄損で告発されたかもしれない程の事件だった。直接この手記には関係ないだろうが、多くの方々の参考になると思うので敢えて祖母の秘密を書きたいと思う。







祖母は他の人と結婚していたのだった。だがすぐ実家に戻った。当時は今とは違っていた。女性は初婚が普通だったのだ。何しろ姦通罪が存在していた時代であったのだ。若い方々の為に姦通罪を解説すると、

「有夫の婦女が夫以外の男性と性的に関係をもったとき,夫の告訴をまって本罪で処罰された」

そんな時代だったのだ。当然に祖母は周囲から非難された。








仕方なく祖母は事情を語った。

何しろ、深夜には夫が必ず隣の布団からいなくなっていた。毎晩そうであった。不審に思った祖母は寝た振りをして、そっと真夜中に夫を探した。何と夫は自分の姉と同じ布団で寝ていたのだった。気持ち悪くなった祖母は逃げ出したと言うのだ。尤もな事情であった。昔のことだ。テレビもなければ、恐らくラジオもなかったであろう。たちまち噂が広まった。









すると間もなくその夫は姉と心中してしまったのだ。その心中事件は当時としてはかなりの噂になったらしい。当然に噂になったであろう。

祖母は同情されもしたが、同時に胸が痛かったそうである。あたかも自分が二人を殺したような気になって、うつ病にもなったそうだ。








しかし、時は流れる。やがて当時は相当高地位だった祖父と知り合った。祖父は理由が理由だけに初婚でなかった祖母と結婚したそうだった。

もしも、祖母が初婚でうまくいっていれば当然に父も生まれなかったし、その結果、私も生まれなかったことになる。二人の男女が出会うというのは何とも不思議なことである。







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私も多くの友人たちと話したが、私の友人の中には自分の娘の裸体を見たいなどと思うものは一人もいなかった。しかし、現実に自分の娘を強姦した例はいくらでもある。表面化しただけでも、いくつでもあるのだ。表面化していないものはもっとあるだろう。






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実は日本の医療は先進国で最低だ









妹は大学を卒業するとすぐに結婚した。妹は勉強しない割に成績は良かった。長兄と同じ大阪学芸大学を卒業していた。尤も妹が受験した時には大阪教育大学と名前が変わっていた。実質は恐らく同じだろう。卒業すればそのまま茨木市の教師になっていた。教師でいながら四人の子育ても同時にして、ほぼ定年まで勤め上げた。母は同じ敷地でもあり随分手助けしていた。










妹が教師として働きながら四人の子供を育てたのは、それなりに立派だった。しかし、母の協力がなければ絶対に出来なかったのは明確な事実だった。妹が働いている間には、同じ敷地に住んでいた母に子供を預けていたのだ。当時は私だけが自力でローンを抱えて三人の子供を普通の旦那さん以上に妻を支えていた。











塾の講師であった私は普通のサラリーマン以上に時間的余裕があったのだ。それ故に外国人であった妻を支えるのは私以外誰もいなかった。
妹が定年まで勤めなかったのは恐らくガンが原因だったのだろう。







後に父がガンになった従妹に手紙を書いていたことを私は知った。
要旨はガンの原因は心の方が大きいと言っていて、抗ガン剤は健康な細胞に悪いので使用しない方が良い。何より大病院は組織を維持する為に、無駄な治療をするので退院して心を安らかにするべきだ。と言うものだった。









伯母が父のお葬式の時に、
「ひょっとして誰かがガンになった時に参考になるのでは」
と父のお葬式の時に私たち兄弟全員に渡してくれていたのだ。私は恐らく大嫌いな父の手紙など見もしないで捨ててしまったのだろう。









妹は大好きな父なので大事に置いていて、抗ガン剤どころか手術そのものを拒否していた。医者は、
「Ⅲbですよ。さっそく手術しましょう」
と言っていたのだが、手術そのものを断っていた。その代り教師を辞めて、心を安らかにするためかあちこち旅行に出かけていた。









ナイアガラの滝も見たしオーロラまで見に行っていたらしい。
後に、数年後に同じ病院に行ったのだった。








医者は、
「やっと決心しましたか。さっそく手術をしましょう」
と言ったのだが、妹は
「検査だけして下さい」
と、主張し医者は、
「検査のレベルではありませんよ。即刻手術しましょう」
と言ったのだが、妹は断固断わっていたのだった。











数日後に医者自身が驚いたそうだ。
「へー、第一期になっています。ガンは悪化することはあっても、好転することなど滅多にありません。これなら、慌てて手術することもないかもしれませんね」
父は死んでからも可愛い娘の命を守ったことになる。









後に、妹に頼んでコピーをもらい、それをガンの会のアスカの会に持っていけば、会長は驚いて、
「何十年も前にこんなことに気が付いていた医師もいたのね」
と、父の全文を会員に送ってさえいた。やはり父は名医だった。ガンになることなど考えもしなかった私はせっかくの手紙を見もしなかった。








しかし、これで良かったのかもしれない。父は死後も可愛い娘を救いたかったのだろう。私には救いの手を差し伸べなかったのだ。父の手紙をもっと早く見ていれば四か月半も抗ガン剤で苦しまなかったのだ。結果的にはこれで良かったのだと思おう。思うしかないのだ。







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実は日本の医療は先進国で最低だ








客観的事実だけを見ても分かる。姉以外の誰もが父のお金でそれなりの豪勢な結婚式をしてもらっていた。当然に母も同意していただろう。姉は結婚式をしなかったがそれは姉自身が結婚式を希望しなかったからだ。私だけだ。結婚式をしようとさえしなかった。








仮に母が、
「治男だけ結婚式をしないのは可哀そうよね」
その一言でもあれば父も不公平さに気が付いていたかもしれない。例えば次兄や妹の結婚式をしないと父が決めたとしても、母は父に頼んでいただろう。






「お願いします。可哀そうだから結婚式だけ挙げたげて」
間違いなくそう言っていただろう。
結婚後も父は私以外の全ての兄弟の為に家を建てていたのだ。長兄が結婚した時には、子供の初めての結婚だった。父は長兄の為に新築の家を建てて上げていた。その前の空き地も駐車場として用意していた。







その後、父は今までの実家を売り払い新しい家を長兄の家の隣に建てた。流石にその頃は農業を止めていた。いろいろな野菜を育て、鶏を育てることもやめていた。だから、大きな空き地があったのだ。そこで父は長兄の為に建てた家の隣に自分達夫婦の終の家を建てたのだった。その頃は私は何歳の頃だったのかはっきりは覚えていない。恐らく大学に入ってからだったのではないだろうか。








姉は結婚式こそしなかった。姉自身がそれを望まなかったからだ。しかしその後に、父の新しい家の前の空き地に姉夫婦が住むための家を建てたのだった。当然にその家に姉夫婦は引っ越してきた。結婚してからかなりの日を経てからだったと思うが、父は姉が近くに住んでくれることを望んだのであろう。長兄と同じように前の空き地を駐車場に用意さえしていた。









やがて次兄と妹が結婚すると姉の家の前に新築の家を建てたのだ。一階に次兄夫婦を二階に妹夫婦が住めるように、二つの入り口を別々に作ってそれぞれが住めるように家を建てて上げていた。只、駐車場の用意だけは出来なかった。三百坪の土地も、順に家を建てるにつけ、空き地のゆとりもなくなったのだ。









只、それにしても家を建てて貰うというのは、今の時代では確かに特権である。私だけだ。結婚式もして貰わなければ、家も建ててもらわなかった。それは良い。しかし、母が平等に兄弟全部を育てていたなどは本心で思っていたのだろうか。愛されて育てられた者は、他の誰もが愛されて育った者だと信じてしまうのだろうか。







確かに、母が死んだ時には妹は四人の子供を育てていたし、私が父母にどのように扱われていたか知る余裕もなかったのかもしれない。しかし、それにしても、殆どの普通の家庭は家に困るのだ。家ほど高いものはない。父は五人の子供の中で私だけの家を建てようとさえ思わなかった。頭の中に全くなかったのである。。










尤も、種々の理由があり、結果的には姉も次兄も自分で家を建ててそちらに引っ越ししていた。やはり、四人の兄弟が同じ敷地で暮らすのは多少の無理があったのかもしれない。しかし、それにしても、姉も次兄も一度は父に家を建ててもらっていたのだ。私だけだ。父も母も全く関知しなかった。それでも平等だったと妹は本心から思っていたのだろうか。










尤も、そんなものかもしれない。愛されて育てられた者は誰もが同じように愛されていると思うものかもしれない。
妹は私より六年も下の為に、当然に大人になるのも遅かった。そう言えば、父が五十歳の若さで開業医を止めた時に、妹がもう少し大人になっていれば父が怒らないように説得していたかもしれない。その時には妹は恐らく小学生だった。とても父を説得なんて出来る筈もなかった。











妹は間違いなく両親からは誰よりも愛されていた。母は間違いなく待ち望んだ初めての女の子であり、愛したのは当然といえる。しかし、露骨すぎたのだ。
妹は大学を卒業するとすぐに結婚した。妹は勉強しない割に成績は良かった。長兄と同じ大阪学芸大学を卒業していた。尤も妹が受験した時には大阪教育大学と名前が変わっていた。










実質は恐らく同じだろう。卒業すればそのまま茨木市の教師になっていた。教師でいながら四人の子育ても同時にして、ほぼ定年まで勤め上げた。母は同じ敷地でもあり随分手助けしていた。妹が教師として働きながら四人の子供を育てたのは、それなりに立派だった。しかし、母の協力がなければ絶対に出来なかったのは明確な事実だった。










妹が働いている間には、同じ敷地に住んでいた母に子供を預けていたのだ。当時は私だけが自力でローンを抱えて三人の子供を普通の旦那さん以上に妻を支えていた。塾の講師であった私は普通のサラリーマン以上に時間的余裕があったのだ。それ故に外国人であった妻を支えるのは私以外誰もいなかった。それにしても露骨に私を差別した母を「平等に育てた」とはよく言えたものだ。









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客観的事実だけを見ても分かる。姉以外の誰もが父のお金でそれなりの豪勢な結婚式をしてもらっていた。当然に母も同意していただろう。姉は結婚式をしなかったがそれは姉自身が結婚式を希望しなかったからだ。私だけだ。結婚式をしようとさえしなかった。仮に母が、
「治男だけ結婚式をしないのは可哀そうよね」
その一言でもあれば父も不公平さに気が付いていたかもしれない。












例えば次兄や妹の結婚式をしないと父が決めたとしても、母は父に頼んでいただろう。
「お願いします。可哀そうだから結婚式だけ挙げたげて」
間違いなくそう言っていただろう。
結婚後も父は私以外の全ての兄弟の為に家を建てていたのだ。









長兄が結婚した時には、子供の初めての結婚だった。父は長兄の為に新築の家を建てて上げていた。その前の空き地も駐車場として用意していた。
その後、父は今までの実家を売り払い新しい家を長兄の家の隣に建てた。流石にその頃は農業を止めていた。いろいろな野菜を育て、鶏を育てることもやめていた。











だから、大きな空き地があったのだ。そこで父は長兄の為に建てた家の隣に自分達夫婦の終の家を建てたのだった。その頃は私は何歳の頃だったのかはっきりは覚えていない。恐らく大学に入ってからだったのではないだろうか。
姉は結婚式こそしなかった。姉自身がそれを望まなかったからだ。









しかしその後に、父の新しい家の前の空き地に姉夫婦が住むための家を建てたのだった。当然にその家に姉夫婦は引っ越してきた。結婚してからかなりの日を経てからだったと思うが、父は姉が近くに住んでくれることを望んだのであろう。長兄と同じように前の空き地を駐車場に用意さえしていた。








やがて次兄と妹が結婚すると姉の家の前に新築の家を建てたのだ。一階に次兄夫婦を二階に妹夫婦が住めるように、二つの入り口を別々に作ってそれぞれが住めるように家を建てて上げていた。只、駐車場の用意だけは出来なかった。三百坪の土地も、順に家を建てるにつけ、空き地のゆとりもなくなったのだ。








只、それにしても家を建てて貰うというのは、今の時代では確かに特権である。私だけだ。結婚式もして貰わなければ、家も建ててもらわなかった。それは良い。しかし、母が平等に兄弟全部を育てていたなどは本心で思っていたのだろうか。愛されて育てられた者は、他の誰もが愛されて育った者だと信じてしまうのだろうか。








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