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ガンで何度も死にかけた私が今思うこと!






実際にあの「アン―ビリーバル」で放映されていた双子の兄の例がある。以前に紹介していたが愛した人が実の双子の妹だったのだ。
確かに苦しかっただろう。しかしきっと何かの方法があった筈だ。




その苦労を超えればきっと明るい未来があった筈だ。或は殺人者の近親者の方々もそうだ。
確かに結婚しようと思っても恐らく私も含めてその両親は反対するだろう。
しかし私に関しては本人に会いその人が信頼できると思えば結婚を祝福するだろう。しかし世の中には私のような人ばかりではない。






最後まで反対する人がいるだろう。それは想像に難くない。どれほど大勢の若者が苦しみ自殺したことだろうか。
あの秋葉原連続殺人をした弟も自殺した筈だった。実に可哀そうだったと思う。





「あれから六年近くの月日が経ち、自分はやっぱり犯人の弟なんだと思い知りました。
加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです。それが現実。僕は生きることをあきらめようと決めました。
死ぬ理由に勝る、生きる理由がないんです。どう考えても浮かばない。何かありますか。あるなら教えてください」







そう語った青年は、その一週間後、自ら命を絶った。彼の名前は加藤優次(享年28・仮名)。日本の犯罪史上稀にみる惨劇となった、秋葉原連続通り魔事件の犯人・加藤智大(31歳)の実弟だった。





彼の問いかけに対し、どう答えればよいのか、今でも私は答えを見つけられない。彼を止められなかったことは悔いが残る。
だが、どうやって止めればいいのか、恐らく誰にも分からないだろう。




上は少しネットで見てコピペさせて頂いた。原文を書かれた方には申し訳ないが許して頂きたい。
それだけの価値があったのだと思って頂ければ幸いである。
私も原文を書かれた方と全く同じ思いでいる。しかしどんなに苦しくても時間は苦しい時も通り過ぎてくれる。





だから読者の方にも同じ気持ちを持って頂きたい。私だけではないのだ。時間は全てを受け入れてくれる。






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実は日本の医療は先進国で最低だ





「食べて、飲むのに便利なのですね。なかなか難しいですね。
作品に缶詰状態ですか。無理のない範囲で、頑張ってください。




私は、一応、教室は開いています。只、生徒はゼロですが。
無理をして広告はせず、ホームページだけで、一年は続けるつもりです。
お互いに、無理のない範囲で頑張りましょう。




中野治男文面からは、まともな内容である。多分、缶詰め状態で絵を描いている友人に送ったものだろう。日付が二千十五年の五月七日になっている。しかし、このころからの記憶が全くないのである。





 正直に言おう。
私は発狂したのであった。これについては、正直書きにくい。何しろ、私の子供時代から、「気違い」と言うと、恐ろしいというイメージが確かにあったのだ。「正気ではない」「何を考えているのか分からない」子供の頃に、大変そういう人を恐れていた。その状態に私はなってしまったのだ。





「気違い」と言うと、誰もが恐れていたのだ。時代と共に、表現が変わった。「気違い」と言う言葉がなぜか差別表現として、廃止され、「精神障害者」と言う表現に変わった。その言葉さえ、差別表現として、いつしか「統合失調症」に知らない間に変更されていた。





統合失調症、確かに耳触りの良い呼び名である。しかし、その実際における扱われ方は何も変わってはいないのだ。少しだけ脱線させて頂きたい。
差別表現について、私は言いたいことがあるのである。





そもそも、私自身が子供の頃からひどく差別されていた。実は私は色に弱いのだ。いわゆる色盲、色弱になるのである。随分ひどい体験をした。小学生の頃、学校で担任の先生から、とり残されて検査されていた。





「この字が5に見えるの? 6じゃないの。あなたはおかしい」
 その担任は笑いだして、
「おかしいわ。練習して治しなさい。このままでは大変なことになるわよ」




今では、そんな表現をする教師は大変攻撃されるだろう。しかし、私の子供の頃は、教師は思ったことを自由に言える時代だったのだろう。
時代と共に、教育も明らかに変わっていった。私自身が色盲、色弱という欠陥があっただけに、その時代の変化に普通の人以上に気が付きやすかったのだろう。いわゆるいじめもたしかにあったのだ。






テレビに出てくる識者が、
「昔はこんないじめはなかった。これは現代の社会がおかしいのだろう」
などと、言っているが、明らかに事実と相違していたのだ。昔の方がはるかにいじめはきつかった。しかし、私の経験した時代では、全くいじめのない学年もあったのだ。





担任の指導方針により、確かにいじめを許さないという強い意志の担任の時には、そんないじめは全くなかった。テレビで「昔はなかった」という識者はたまたま、そんな教師の学年ばかりしか経験していなかったのだろう。





しかし、担任がいじめに無関心であったり、勉強の出来る生徒だけを称賛している教師の時にはひどいいじめがあったのだ。具体的な例を示そう。




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ガンで何度も死にかけた私が今思うこと!





その後一ヶ月ほどしてからようやく深夜に痛むことも少なくなってきた。妻も深夜に起こされないで助かったことだろう。
必要のない手術を受けて苦しむのは患者だけである。日本の医療は少なくとも先進国では最低だと確信するようになってきた。





その一ヶ月は本当に辛かった。必要のない手術を受けて苦難の時間を経験するのは患者だけである。
時間の経過をひたすら待ったのだ。待つ間、時間について無駄なことを考えていた。





時間、それは嬉しくもある。悲しくもある。誰もが必ず死ぬのだ。
この当たり前のことを改めて再認識していたのだった。私にもこの苦しい時間を必ず忘れる時が来るだろう。それは嬉しいと同時に悲しいことでもある。





何故なら確実に死に向かっているからだ。この苦しい時も悲しい時も確実に過ぎていく時間、それはいったい何だろうか。
父も死んだ。母も死んだ。祖母はもっとはるか昔に死んだ。
それらの死を見つめつつ時だけが流れていく。時とは何だろうか。神様なのだろうか。それとも悪魔なんだろうか。






もしも時間が考えることが出来るなら何を考えているのだろうか。尤もこんな疑問に当然答えがある筈もないし、全くの無駄である。
只、病院に入ったり自分が自由にならない時に自然に考えてしまうのだ。意味のない時間、あなたも私と同じように考えるのでしょうか。





あなたが何かの病に伏し苦しんだ時に私と同じようにこんな意味のない疑問を持つのでしょうか。
それとも逆にそんな時にこそ楽しいことを考えていとも簡単に平常心に戻れるのでしょうか。もしも私がそうであればどれほど救われたことであったのだろうか。




残念ながら私はそれ程器用ではなかった。私は苦しみ悲しみ、そして例えようのないほど苦しんでいたのだった。せめてもの救いは今こうしてブログを続けていることである。
現に今でも私とブロ友になり私にいろいろ教えてくれる若い人達がいる。私は本当に救われているし私は幸せだと思う。





例え若い時にどれほど幸せで贅沢しようと死ぬときに後悔したり他人に怒りの感情を持っていれば果たして本当に幸せな一生といえるだろうか。
私の父が正にそうだった。父が私から見てとても幸せだと思えないように、きっと世の中には父と同じように金も社会的地位もありながら不幸な死を迎える人も多いと思う。






死ぬ時が一番大切なのではないだろうか。私は今は幸せだし生きて来て良かったと思う。
だから今は不幸である人達も自信を持って頂きたい。私は人に死があるのはきっと良いことだと思う。
死がなければ生きづらい人達はどうして過ごせるのだろうか。本当に悲惨である。何をしても飽きるだろう。






死があり新しい人々が生まれるからこそ世の中も変わりいつまでも新鮮な社会が続けられるのだろう。
だから今は不幸な人達も明日に期待して決っして自殺などは考えないで頂きたい。私は不幸で孤独な幼少期を過ごした。しかし今では本当に幸せを感じているのだ。






だから仮に今あなたが実に不幸な境遇であるとしても決っして自殺などは考えないで頂きたい。私の実例がある。
世の中にはどれほど不幸な人がいるだろうか。




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そして、その時が来た。妻は泣いてはいなかった。妻にはまた来る機会がいずれ来るだろう。しかし、次女には間もなく、就職も決まり、あるいは新しい家族を持ち、二度とこの場に来ることはないだろうし、次女もそれを当然に知っているだろう。





飛行機の中でも次女は泣き続けていた。やはり、私には何も言えなかった。かなりの時間を経て、次女に言った。
「いつか、懐かしく思い出すだろう。多分、来て良かったと思う」




その言葉に次女ははっきりと言った。
「良かった。本当に良かった。パパ、旅費も出してくれて有難う。本当に来て良かった。私のフィリピンの沢山の親戚と会えて本当に良かった」




その言葉で私も少しは救われた。しかし、次女の涙は関西空港に着いてからも、その後、バスで茨木市に向かう間も止まることはなかった。
全てを無視して時間は流れていく。私は幸い、体調を崩すこともなく、予定の日時を過ごした。本当に長い長い時を経て、妻の故郷に訪れた。





妻の父親が亡くなった時にも、妻の母親が亡くなった時にも、妻が一人で葬儀に参列していた。日本の大阪とフィリピンの田舎町とは、余りにも距離が離れていた。




私や娘が葬儀に参列するのは余りにも遠く、費用が高価すぎたのだった。それでも、死ぬまでに、妻の故郷を訪ねられて良かった。何度も言うように、私と妻だけでは妻の家族も扱いに困ったことだろう。次女がいてくれてよかった。誰とも打ち明けて、何でも話せて、幼い子供達も次女との別れに涙していた。




私こそ有難うだった。次女が楽しく全員と打ち明けあって、例え、一瞬でも良い時間を共有出来て良かった。やはり、若さは唯それだけで素晴らしいものなのだ。私も若さ故、この地でパートナーを見つけたのだ。若さゆえ、出来たのだ。もはや、その若さは今の私にはない。




妻と次女とフィリピンに訪問したことは、本当に良かった。しかし、問題はその後だった。
私はついに三十五年間務めてきた塾の講師を続けることは不可能になったのだ。生徒がゼロ名。何を求めてこれから生きるのだろう。




なにかの記録が残っている。パソコンに残っている記録をここに貼り付けてみる。





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空港で、私はちょうど監視人の隣でそっと座って彼らを待っていた。監視員が私に話しかけた。

「一人なのか。どうしてそこに座っているんだ」

私は答えた。

「家族と一緒に来ている。私は体が不自由なのでここで待っている。妻と娘が別れを惜しんで泣いている」





監視員が私にうなずいた。

「いつもの光景だね」

 何となく優しい言葉遣いであった。この人も毎日、そんな別れの涙を見続けている人なのだろう。私は少し尋ねた。

荷物をモニターで監視している姿が印象的だった。






「あなたを撮影しても良いですか」

彼は答えた。

「あなたはこの監視の場面だけを除けば、どこを撮影しても良い。但し、ここは禁じられている。ゴメンね」

私は少し笑って答えた。






「もちろん、規則は大切です。その為に貴方が罰を受けたら、私も苦しい」

監視員が少し微笑んで、

「別れは辛いよね。ここも撮影出来たら良いのにね」

わずかな会話だった。





しかし、私の印象に残った。私の苦しさを淋しい気持ちを共有してくれているような感じがして、何か救われた。この人も私と会話をしてくれて、それでも規則は守らなければならない。

誰もが、決められた規則を守りながら、それでも生きている。そして、次女の悲しい涙も規則で決められたものであり、ここで逃れることは出来ないのだ。





ほんの一瞬、私は次女が琵琶湖の近くの旅館で泣き崩れていたことを思い出した。子供が小さいし、一泊だけの旅行を設定していたのだった。

幼い次女は旅館を出る時に、激しく泣いていた。





「パパ、もう一日だけで良い。後一日、後一日だけここにいようよ」

その時は私も元気だった。自分の車で運転していた。

次の日には生徒が来るはずだった。後一日、休める筈もなかった。次女は車の後ろの席で、激しく泣いていた。





「ねえ、一日だけでは淋しい。後一日、お願い、パパ」

車が進んでいる間にも泣き続けていた。妻が私に小さい声で言った。

「立ったまま泣いたままで寝ている」

泣き疲れたのだろう。どれ程、楽しかったのだろうか。せめて二泊するべきだった。私は妻に言った。





「一泊で十分と思っていたけれど、来年はせめて二泊の旅行をしよう」

事実、次の年には二泊で同じ場所を訪れていた。次女もその年には本当に喜んでいたものだった。

あの時は私が元気だった。今は娘の方が元気である。しかし、状況は極めて似ている。避けられない別れ。





嫌、あの時には次の年に、もう一度訪れることが可能だった。今度は次の年がないのである。今の方が辛いだろう。幼くて無理を言って泣いていた次女、次の年には罪滅ぼしが可能だった。しかし、今回は次の年はない。






私は別れの場所から離れていたけれど、出来れば一緒に泣きたかった。しかし、おそらく、ぎりぎりまで別れを惜しんで、急いで空港に走るのは、体力的に無理だったのだ。私は離れた場所で、一人で妻と次女を待つ。只、監視員とほんの少し、心を共有できた。待とう、ここで妻と次女が走り込んで来るのを待とう。

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尤も、私が「若い人達の方が大切である」と言うのも老人だからこそこうやって言えるのだろう。

若い人が同じことを言えば当然非難されるだろう。






私の入院の話に戻らせて頂く。ともかく秘密の食事のお陰で私は約二週間で退院した。生徒の誰も止めずに続けてくれた。

しかし医者の言うことを聞いていたら、恐らくもっと時間がかかっていただろう。そして生徒の何人かは止めていただろう。私と妻は正しいことをしたのだった。




尤もその時に生徒の半数が止めていたら、早く諦めて後にアルチュウにならなかったかもしれない。人生では何が良いのか本当に分からないものである。





若い方々も私の経験を是非知って頂きたい。何が良くて何が悪いのか後にならないと分からないのである。だから悪い経験をしても後に良い方向に変えれば良いのだ。





ともかくその時点では私は正しいことをしていたのだ。生徒が止めなくて良かった。その後は週に三日くらいは生徒を教えていた。




若い時に教えていた百人以上の生徒達を教えていた頃と比べると、惨めではあった。

この再度の手術は前述したように必要のないものだった。しかも後遺症が酷かった。

深夜に何度も何度も痛みを感じ夜中に病院に行くことも多かった。





私は方向音痴なので妻が一緒に来てくれた。当然私が運転したのだ。

深夜にタクシーを呼べるほどの経済的余裕など生徒四人である筈もなかった。どちらかと言うと塾をするほうが赤字だった。





例え生徒四人でも、夏にはクーラーも必要だったし冬には暖房が必要だった。赤字でも塾を続けたのはこれから人工肛門閉鎖手術をして生徒が増えるという希望だけだったのだ。




だから必要に応じて持ち株を少しずつ売りながら生活を維持するのが精一杯だった。必要のない手術をして結果の負担だけを強いられて、不合理にも感じたが文句の言いようがなかった。

何しろ医者を敵に回せば人工肛門閉鎖手術をしてもらえないのだ。私は心のなかでもやもやを感じていたがどうしようもなかった。




本当にする必要にない手術をして夜中に何度も病院に行った。妻が次の日に仕事がありながらよく私に付き合ってくれた。





当時はまだナビがなかったのだ。或いはナビがあり私だけが知らなかったのかもしれない。何しろ会社ではなく私一人で仕事をしていた。情報が得られなかったのだ。





この頃は本当に何度も何度も深夜に病院に行っていた。深夜は駐車場も遠く駐車場から歩くのも疲れたが仕方なかった。

本当に患者の希望通りどうして人工肛門閉鎖手術をしてくれなかったのかと怒りの感情を持ってはいたが、日本に生まれた以上仕方ないと諦めていた。





何しろ親友の松木君さえ船瀬先生の講義を全く聞こうとしなかった。日本では権威がないと誰も話を聞こうとしないのだ。悲しい現実を私は受け止めながら手術の後遺症に苦しんでいたのだった。

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そして、幼い子供達からは、追いかけられていた。実に楽しそうだった。ついつい、自室に引き込もりがちな私は遠くから次女を眺めているだけで楽しかった。心が慰められていた。日本の医療に対する失望もこの時には、すっかり忘れていた。
しかし、確実に日は過ぎていく。後二日でヒンダングを経つ頃、いつもと同じ楽しそうな様子だったが、その晩に急に泣き出した。






「もう、明後日帰るんや。もう会えないんやね。悲しい、辛い」
私は別れの時には、あるいはその前夜には、次女が泣くことを予想していたが、後二日という時点で泣くとは予想していなかった。確かに、もう会えないのである。慰める言葉もなかった。






いとこにあたる青年達が次女の異変に気が付いた。彼等もまた、それ程うまくない英語で次女を慰め始めた。
「ヒロミ、泣かないで、必ず僕たちもお金を貯めて会いに行くから。約束するから、泣かないで」
別のいとこの青年は言った。





「ヒロミは良い子だ。だから、私達との別れを淋しがってくれる。いつか、また、きっと会おうね」
私は何も慰める言葉を見つけられなかった。この青年達がお金を貯めて日本に来るのは殆ど不可能だ。
フィリピンでの賃金を考えると、飛行機代を貯めることなど、






正直、無理なのだ。私の子供の頃に、誰もアメリカに行けなかったのと同じように。あの頃、アメリカとは遠い遠い夢の国だったのだ。この青年達にも、普通に賃金を貯めて日本に行けるほど甘くはないのだ。そして、私達もまた、そんなに簡単に来られるわけではない。






私だって何十年も経って、やっと来られたのだ。そして、次女もまたそれを知っているだろう。恐らく二度と会えないことを知っているだろう。私に慰める言葉など何も見つけられなかったのだ。
送られている間も、次女は泣きっぱなしだった。私もまた、全く何の慰めの言葉も掛けることは出来なかった。








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Author:xo6em3gc9c1o
64歳でガンになりました。その偽らざる経験を知って頂きたいのです。

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