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実は日本の医療は先進国で最低だ










気が狂っても、塾に対する未練はあった。何と言っても三十五年もしてきたのだ。私自身、死ぬまで塾をしたかった。
野村監督が以前、
「生涯一捕手」
と言っていたのを見本に、
私も
「生涯一講師」
そう思っていた。正直不満だった。













大阪市内でしていた時は生徒が百人以上いた。年収千万以上あった。しかし、引っ越しに次ぐ引っ越し。
塾こそ信頼がいちばん大切なのに、引っ越しせざるを得なかった。何度も言うが父は茨木市に300坪の土地を持ち他の兄弟には一度は家を建てていたのに
三男の私には全く構わなかった。他の兄弟達は公務員かサラリーマンであり安定していた。












一番不安定なのが私だった。病気の時も誰も助けてくれない。父が無一文なら期待はしない。本来なら私こそ助けて欲しかった。今から思えば
悔いるのは結婚した頃、古い家に父が不思議に私が私の妻を誘拐されるのを恐れて父所有の古い家で住むことを許したことだった。あの時、拒否して欲しかった。










そうすればバブルの前なので、茨木市に家を持ち大阪市内の塾にわずか約十分で通えた。茨木市と大阪市内で生活は安定していただろう。妻が妊娠したときも
私の車で病院まで連れていけただろう。笑われるだろう。自分でも思った。何と私は甘かったのか。









四百万円も出して、どうして結果を想像できなかったのか。三男として粗末に育てられた、あんな古い家を修理して自由を奪われる将来をどうして想像できなかったのか。自分の愚かさに嫌気もさした。自分を攻めるとやはり酒を飲んだ。自分で言った。








「どうせ、今まで通り粗末に扱われるのだ。どうして結果を想像出来なかったのか」
自分を攻めた。たった半年程度で四百万円もの大金を捨ててしまったのだ。
「どうして父は拒否してくれなかったのだ」
結果的には、拒否してもらったほうが遥かに良かった。結果を想像できなかった私が悪いのだ。










それにしても、私に平気で嘘をついて塾をやめさせた父を恨んだ。自分が悪いのだが他の兄弟と徹底的に差をつけた父と母を許せぬ気持ちになっていったのだ。
甘い言葉でマンションの誘惑をして、引っ越しに次ぐ引っ越しで生徒は少なく生活がやっとだった。










大阪市内のボロアパートを一億円で売れるようにしたのは私だったが、父はそれに対して一言の礼すら言わなかった。残念ながら私の三人の子供の一人も大学にやれなかった。引っ越しさえしなければはるかに安定していただろう。








読者からは笑われるかもしれない。私は弱い人間であり、住宅ローンを一千万円以上残したまま、無職になることには耐えられなかった。
追い詰められ親を呪いながら神経が日毎に追い詰められるのだった。








「あの時、癌で死んでいたほうが良かったのではないか」
生涯一講師のまま死ねたのではないか。無駄なことをついつい考え酒に逃げていった。
後に聞くと家族は何度も救急車を読んだそうだ。











私が大声を上げ自分で頭を叩いたりしていたそうだ。幸い、家族や他人には暴力は振るっていたことはなかったそうだ。それは後々、聞いて救いだった。このように精神が次第に乱れていったのだった。







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実は日本の医療は先進国で最低だ










当時、私は良く怒っていた。テレビを見て、
「何だ、あのテレビの内容は」
なぜ腹が立ったのだろう。抗議の電話をしていたのだ。初めは両親に怒り、日本の医療に怒り、その弁護をして日本の医療を褒めるテレビに怒った。







「日本の医療は最低ではないか。スポンサーがそんなに怖いのか」
本心私は怒っていたのだ。私は日本の医療のお陰で住宅ローンが返せない。しかし、テレビでは「日本の医療は先進国で最高だ」と言う。冗談ではない。
私の希望は一切拒否して自分の意志を押し付ける。こんな医療がどうして世界一なのだ。










正直に日本の医療を非難していた私の命の恩人、安保徹先生は不審な死を遂げられていた。恐らく日本の医療法人か、大学の権威者が殺したのだろう。真実を日本のメディアは決して言わない。抗議の電話を言わずに折れなかった。
応対していた職員は怒っていた。












テレビの内容を否定されるのだ。怒るだろう。しかし、日本の医療で私は自分の意志を無視されたのだ。
「住宅ローンを返せるだろうか」
職業がないまま毎月14万円もどうして稼ぐのか。毎日酒を飲んだ。変わらず両親を呼んだ。











「時代が分からない父は最低だ。お前は時代を全く知らない、学校の勉強が出来てもお前の頭は悪い。学校の勉強と頭の良さは関係ない。お前は最低の親だ」
母も呪った、母から愛を感じたことは一度もなかった。両親に二度と会いたくない。私の家族はここだけだ、しかし生徒はいない。住宅ローンを返せるのか。










毎日、不安だった。そしておかしなことが起こる。家のものが不思議になくなるのだ。
あれは何だろう。買い物をしても何かがない。私はついに結論付けた。
「上に物を置くと物が消える」
それで上にものを置くまいと決めたのだ。











実際には当時の私はおそらく買ってないものを買ったと誤解したのだろう。
毎日不安に襲われて家庭をなくす恐怖に襲われたのだ。
親に愛されなかった。やっと出来た私の家庭。それを失う恐怖に毎日襲われていたのだ。住宅ローンを返せるだろうか。収入がない。どうして大切な家族を守れるだろうか。













相続で得たボロアパートを売って父に馬鹿にされることには耐えられない。ボロアパートは娘たちが゜相続すれば良い。土地があれば私ほど苦しむことはないだろう。父にお世話に絶対になりたくなかった。そして不安にかられて毎日酒を飲まずにいられなかった。本当に日本の医師は患者の希望を全く無視する。これが怒らずにどうして耐えられようか。










テレビはスポンサーの顔色しか見ない。阿保先生の本を紹介することも石原先生の本も船瀬先生の本も決して紹介しない。大きい力に負けているのだ。しかし、阿部先生の本も石原先生の本も船瀬先生の本もすごく説得力があった。マスコミで一切紹介しないだけなのだ。










決まって言うことは
「日本に産まれて良かった」
「日本の医療は世界最高です」
全員が騙されるのだ。怒って抗議の電話ばかりしていた。そして徐々に私の精神が狂うのである。







なんと惨めなことだろう。そして私の神経は犯されるのであった。どういう状態で神経がおかしくなるのか.読者の方には是非、御参考にしていただければ幸いです。







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実は日本の医療は先進国で最低だ








私の精神はだんだんおかしくなってきた。初めは両親の名を呼んだ。
「幽霊でも怖くない。俺と喧嘩しよう。出てこい」
残念ながら出てこなかった。








幽霊で出てくればどれほどスッキリしただろう。父が生きている時は殴られることしかされなかった。母も私の存在を無視していた。
良く、
「子を持って知る親の愛」
と言う。子供を持って初めて自分が親に愛されたと分かるのだ。しかし、私には子供を持ってどうして私が子供を愛する半分でも愛してくれなかったのかと思うばかりだった。












父などは自転車の左のブレーキさえ直してくれなかったのだ。命に関わるではないか。
「お前は金のかかる私立高校に行った。お前にそんなに金を使えない」
そして姉は宝塚に行き信じられない大金を使い続けていた。スターに憧れていたのだろうか。宝塚を愛していた。結局、左のブレーキが効かなかったので大事故を起こした。高校の教師が驚いていた。











「時間が開けば来ます。自分の子供が危ないのに良く平気だなあ」
高校の先生通しの話を聞いて、私は恥ずかしかった。母が私を愛していないことを教師に知られたのだ。もし、次兄や妹が同じ事故を起こしていれば顔色を変えて飛んで来ただろう。それこそ鍵を掛けるのも忘れて心配して飛んできただろう。











私だからなんの心配もせずに
「時間が出来たら来ます」
と、教師も驚く程冷静に対処したのだろう。父に似た私を母は愛せなかったのだ。












父は長男と予備に次男を跡継ぎとし三男の私を全く愛さなかった。私は両親から愛されなかったのだ。
時間が出来てやがて来た両親は私を攻めた。
「お前はどうして金のかかることばかりするのだ」
左のブレーキを直してくれさえすれば事故は起きなかった。小遣いも少なかった。















私立高校に行ったのだからと減らされた。私自身で左のブレーキを直すことなど無理だった。アルバイトが出来れば良かったのだが、当時私の高校はアルバイトを禁止していた。あの時、もし私が死んでいても両親は泣かなかっただろう。
「無駄な三男がいなくなった。良かった」
そう言っただろう。














死んだ両親と喧嘩したかった。しかし、決して幽霊で出てこなかった。残念だった。私にとって一番大切な住宅ローンが返せないのだ。
只、私は自分の危機をある程度理解もしていた。
「パパがもしおかしくなれば株の買値より高いものだけ売って毎月、14万円は普通預金に入れて欲しい。住宅ローンが払えなければ家が取られる」
危機を感じた私のせめてもの娘に対する言い伝えだった。










私がおかしくなった時、幸い、何とか住宅ローンだけは支払えたようである。そして私はおかしくなったのだ。精神病院に行くなど考えもしなかった。
只、今の私は自殺者に同情することは殆どない。体が不住な人などには同乗するが、殆どの場合、
「私はもっと孤独で耐えた。どうしてこんなことで自殺するのだろう」
と、不思議なことが殆どである。














少なくとも私はもっとひどい状態で、宗教に助けを求めて生きてきた。両親からひどい仕打ちを受けて生きてきた。学校ではいじめを受け、家ではとりわけ次兄からいじめの対象にされ両親も助けてくれず、
「未来はきっと愛せる人が見つかる」
そう信じて生きてきた。














しかし、その私の愛する家庭がひょっとして壊れる。住宅ローンの問題である。やはり、精神が壊れる危機になったのだ。
私の崩壊が始まるのである。







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実は日本の医療は先進国で最低だ

















                 崩壊する私



私は弱い人間である。宮本武蔵のように強い人間になりたい。癌を何とか克服できた。しかし、住宅ローンを1000万円も残して人工肛門になったのは辛すぎた。オナラが出る。ウンチが出る。あなたは生徒を教えながらオナラやウンチが出ることに耐えられますか。








しかも、私は人工肛門だけを直して欲しかった。癌については阿保先生や石原先生、船瀬先生の本を読んで克服できる自信があったのだ。
私は医者に人工肛門だけ直して欲しかった。
個人塾がそんなに休めないことも説明した。住宅ローンが残っていることも説明した。










しかし、医者は
「ガンは手術で取り除く以外絶対に勝てない」
と決めつけた。
そんなに一年に三度も塾を長期に休めば生徒が全員止めてしまうことも言った。住宅ローンが残っていることも説明した。どうして日本の医者は患者の気持ちに素直に従えないのか。











日本の医者の一番駄目なことだろう。日本程患者の意志を無視する国は絶対にないだろう。先進国で最低だ。この現状をどうして誰も告発しないのか。
何が日本の医師は世界で最高だ。良くこんな嘘を平気でつくものだ。
私は自信を持って言い切る。日本ほど患者を無視して手術を決める医者はいない。













そして自分が最高の提供をしていると信じているのだ。
住宅ローンを返せなかったなら家族の為に死にたかった。そうすれば住宅ローンも生命保険から返還される。ここで私の弱い部分が出た。両親に文句を言った。私を散々だました両親。











「地震、雷、火事、親父」
の最後の世代であった父。長男だけに財産を譲り兄弟で私一人結婚式もしてくれなければ家も建ててもらわなかった。私の兄弟は一度は家を建ててもらった。長男にさえ財産を渡れば自分の墓を守ってくれる。三男の私は生きている価値さえ認めなかった。












父は男一人だったので、厳密に言うと長男が病気でなくなり
「長男は中野家を守る為、絶対に必要だ。次男はスペアであり、三男のお前は生きているだけで感謝しろ」
そういう思考が生まれて、なまじ秀才だっただけに、自分の考えは絶対でいろんな異論を一切認めなかった。自分の価値観が絶対で時代の流れを全く知らなかったのだ。











村田さんを見てて、つくづく思う。秀才はバカが結構多いのだ。自分の価値観を絶対視し。時代の流れを認めようとしない。自分が賢いと信じて全く疑わない。

あの時、生駒に行った時、約束を守ってくれたら少なくとも私の家を守れた筈だ。苦境に陥ればつい苦情も言いたくなる。













住宅ローンを返済出来なかった時に私はホームレスになるという不安に襲われた。同時に両親の私に対する差別がひどすぎた。

読者は私の遺産を不思議に思うかもしれない。父の遺産は母の在命中は殆ど母が取り、母はその遺産で老後は贅沢に過ごした。













義姉から聞くと妹や次兄とはよく旅行に行ったり小遣いを渡していたようだ。私は一円ももらわなかった。母は好き嫌いがはっきりしており父に似た私を全く愛さなかった。父が嫌いだったのだろう。最終的には動産は姉が欲しがり、私は時代遅れで誰も欲しがらなかったボロアパートだけもらった。私はそこで娘たちが家の二件も建てられればよいと考えていた。














そうすれば私が建てた家を合わせると一軒ずつ相続出来る。私は自分の子供を他の兄弟と差をつけたくなかったのだ。平等に相続できた。それで充分だった。

アパートを売る考えは全く無かった。売れば仮にあちらの世界があるとして、父から
「偉そうなことを言って、お前は私の土地を売って生活したのではないか」
そう言われると、一言もない。死んでからまで父に馬鹿にされることだけは考えられなかった。













私は自分の家さえ守られれば良かったのだ。最低限のことだけ守りたかったのだ。この単純な考えをどうして日本の医者が聞こうとしないのか医者に対して怒りさえ感じていたのだ。不安に襲われると酒を飲まないと眠れなくなる。私の崩壊が始まりだしたのだ。結果的には不要な二度目の手術で生徒はグッと減った。そしてやっと人工肛門閉鎖が出来たときには最後の生徒も止めた。日本の医療が私を崩壊させたのだ。











患者の希望を全く拒否する日本の医療。医療以外に客を無視する体制があるのだろうか。医者は患者の生命離脱の権限を持ちながら患者に自分の生き方を押し付ける。この傲慢な先進国で最低の制度。マスコミは製薬会社と医師会や政治で医療の悪口を全く言わない。スポンサーに逆らえない。戦前の軍隊以上の権限を医師会は持ち誰も逆らえない。












弱い患者の生涯を医者がもて遊ぶのである。私は弱い人間である。宮本武蔵のように強い人間になりたい。癌を何とか克服できた。しかし、住宅ローンを1000万円も残して人工肛門になったのは辛すぎた。オナラが出る。ウンチが出る。あなたは生徒を教えながらオナラやウンチが出ることに耐えられますか。しかも、私は人工肛門だけを直して欲しかった。












癌については阿保先生や石原先生、船瀬先生の本を読んで克服できる自信があったのだ。
私は医者に人工肛門だけ直して欲しかった。
個人塾がそんなに休めないことも説明した。住宅ローンが残っていることも説明した。
しかし、医者は












「ガンは手術で取り除く以外絶対に勝てない」
と決めつけた。
そんなに一年に三度も塾を長期に休めば生徒が全員止めてしまうことも言った。住宅ローンが残っていることも説明した。どうして日本の医者は患者の気持ちに素直に従えないのか。














日本の医者の一番駄目なことだろう。日本程患者の意志を無視する国は絶対にないだろう。先進国で最低だ。この現状をどうして誰も告発しないのか。
何が日本の医師は世界で最高だ。良くこんな嘘を平気でつくものだ。
私は自信を持って言い切る。日本ほど患者を無視して手術を決める医者はいない。














そして自分が最高の提供をしていると信じているのだ。
住宅ローンを返せなかったなら家族の為に死にたかった。そうすれば住宅ローンも生命保険から返還される。ここで私の弱い部分が出た。
両親に文句を言った。私を散々だました両親。














「地震、雷、火事、親父」
の最後の世代であった父。長男だけに財産を譲り兄弟で私一人結婚式もしてくれなければ、
家も建ててもらわなかった。私の兄弟は一度は家を建ててもらった。長男にさえ財産を渡れば自分の墓を守ってくれる。三男の私は生きている価値さえ認めなかった。












父は男一人だったので、厳密に言うと長男が病気でなくなり
「長男は中野家を守る為、絶対に必要だ。次男はスペアであり、三男のお前は生きているだけで感謝しろ」
そういう思考が生まれて、なまじ秀才だっただけに、自分の考えは絶対でいろんな異論を一切認めなかった。














自分の価値観が絶対で時代の流れを全く知らなかったのだ。
村田さんを見てて、つくづく思う。秀才はバカが結構多いのだ。自分の価値観を絶対視し。時代の流れを認めようとしない。自分が賢いと信じて全く疑わない。
あの時、生駒に行った時、約束守ってくれたら少なくとも私の家を守れた筈だ。














苦境に陥ればつい苦情も言いたくなる。
住宅ローンを返済出来なかった時に私はホームレスになるという不安に襲われた。同時に両親の私に対する差別がひどすぎた。










読者は私の遺産を不思議に思うかもしれない。父の遺産は母の在命中は殆ど母が取り。母はその遺産で老後は贅沢に過ごした。義姉から聞くと妹や次兄とはよく旅行に行ったり小遣いを渡していたようだ。私は一円ももらわなかった。母は好き嫌いがはっきりしており父に似た私を全く愛さなかった。父が嫌いだったのだろう。最終的には動産は姉が欲しがり、私は時代遅れで誰も欲しがらなかったボロアパートだけもらった。












私はそこで娘たちが家の二件も建てられればよいと考えていた。そうすれば私が建てた家を合わせると一軒ずつ相続出来る。私は自分の子供を他の兄弟と差をつけたくなかったのだ。平等に相続できた。それで充分だった。
アパートを売る考えは全く無かった。売れば仮にあちらの世界があるとして、父から
「偉そうなことを言って、お前は私の土地を売って生活したのではないか」
そう言われると、一言もない。














死んでからまで父に馬鹿にされることだけは考えられなかった。私は自分の家さえ守られれば良かったのだ。最低限のことだけ守りたかったのだ。この単純な考えをどうして日本の医者が聞こうとしないのか医者に対して怒りさえ感じていたのだ。不安に襲われると酒を飲まないと眠れなくなる。私の崩壊が始まりだしたのだ。













結果的には不要な二度目の手術で生徒はグッと減った。そしてやっと人工肛門閉鎖が出来たときには最後の生徒も止めた。日本の医療が私を崩壊させたのだ。患者の希望を全く拒否する日本の医療。医療以外に客を無視する体制があるのだろうか。医者は患者の生命離脱の権限を持ちながら患者に自分の生き方を押し付ける。この傲慢な先進国で最低の制度。












マスコミは製薬会社と医師会や政治で医療の悪口を全く言わない。スポンサーに逆らえない。戦前の軍隊以上の権限を医師会は持ち誰も逆らえない。弱い患者の生涯を医者がもて遊ぶのである。




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他の兄弟達はおそらくそんなことは知らないだろう。父の五億の資産の一億は私が作ったのだ。父が死んでも私はそんなことは一切言わなかった。しかし、父の死後の遺言には見事に私は無視されていた。






「治男には一千万円を与える」

とだけ書かれていた。5億の大半を長男に譲るとされていた。墓を守って欲しかったのだろう。父の会社を解散し長男に譲るとされていた。






しかし、会社を解散すると、含み益で解散税がかかり長男が受け取ると贈与税がかかり税金で相当額が消えてしまうことになったのだ。初めは喜んでいた長男もその税金が大変なことになるので、

「遺言はないことにしよう」

と、遺言を無視することになった。とても払えない税金だったのだ。






結局、法定相続通りにするのが税金が一番安く出来るのだった。

かくして、兄弟で話し合い平等な相続になり、私は生まれて初めて兄弟と平等になった。それにしても父が死んで始めて他の兄弟と平等になったのだ。皮肉と言えるかもしれない。






私は平等に初めて扱ってもらい勿論、

「五億の内の一億は私が作った」

などは一言も言わなかった。言ったとて誰も信じてくれなかっただろう。






生駒に移った私はしばらく苦しんでいた。全国で見ると大阪市内も生駒市も同じに見えるだろう。しかし、微妙に違った。大阪市内て゛は生徒の成績が伸びると生徒数が増えた。しかし、生駒市では保守的で有名塾が良いとされていた。






成績が上がると

「これで有名塾に行きます」

と、私の塾を去る生徒ばかりで思うように生徒が増えなかった。私は大阪市内と違うと感じ始めていた。私は弱い人間だ。ついつい、両親を恨みたくなった。






本当は二度と両親の顔を見たくなかった。

しかし、妻の故郷は遠い。子供達に親戚の存在を教えなくてはいけなかった。それ故。私の心を抑えて両親の実家には我慢して行った。







母は、私の子供達には

「よく遊びに来たね」

と歓迎してくれた。私さえ我慢すれば良い。親戚の存在を示す為に、実家には子供達を連れて行った。私一人で行ったことは一度もなかった。






犯罪などを見ていると、やはり両親の愛を知らない人が多い。両親に愛されていれば、犯罪を犯す時に両親の顔を思い出すだろう。私も高校の頃。犯罪を犯して中野家を傷つけたいという衝動が確かにあった。但し、知らない人を傷つけるのは流石に悪いと思い宗教に逃げたのは前述のとおりであった。

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生駒市では大阪市でいくら生徒がいたとしても誰も知らない。一からスタートで生徒は当然に二人か三人からのスタートであった。そんな時、父から電話が何度もあった。驚く程良い話だった。






「お前には家も建てなかった。今の大阪市のアパートだが、もはやアパートの時代ではない。今は風呂がついたマンションしか借りる人はいない。お前は一階で塾をして上をマンションにすればお前も安定するだろう。どうだマンションに建て替えればよいし。お前には家を建ててやらなかったのでそのマンションをお前のものにすれば良い。勿論、マンションの家賃はお父ちゃんが生きている時代はお父ちゃんのものだが、将来はお前のものにすれば平等になる」







一度や二度ではなかった。

何度か父の誘いもあり、私も考えた。父が私のことを考えてくれたことには感動した。塾と言っても安定しない。実際、当時日本人と結婚しかけた時、先方の親が

「一人で塾をしていて病気になるとどうするんだ」

と反対された経験もあった。







その大阪市内では約10年の経験があった。将来を考えれば実に良い話だった。

私は応じることにした。大阪市内の塾は私が生駒市に行ったことにより、黒字だったが生徒数は減りつつあった。

私がいない以上、学生アルバイトだけではやがて少数になるだろうとは予想していた。







折角の良い話であり、大阪市の塾を閉鎖することにした。勿論、生徒に迷惑をかけないよう半年ほどの時間をかけ来ている生徒には入会金を返し閉鎖した。

生駒市でうまくいかなければ大阪市内に戻れば元の場所で塾を再開できる。そう信じていた。

父からこんな良い話をしてもらったことはなかった。私は感動した。








しかし、塾を閉鎖したと父に報告すると父は約束を平然と破った。

「今から借金をしてマンションを建てるのは冒険だ。売ることにした。売られるのが嫌なら家賃を払えば良い。お前が家賃を払えば売ることはしない」

大阪市内の塾を閉鎖したのだ。生駒では大阪の実績を誰も知らない。無理に塾を止めさせて家賃を払えるわけはない。

あまりの変化に私は母に言った。







「約束は守って欲しい。マンションを建てると言ったから塾をやめた。約束をやぶるのはひどすぎる」

しかし、次兄や妹はかわいがっていたが私にいつも冷たい母は言った。

「あなたは京大を卒業しているじゃないの。うちの家で一番偉いでしょう。生駒で頑張ればよいでしょう」







私は自分を攻めた、父は私の自転車の左のブレーキさえ直してくれなかった。そんな父の甘い言葉をどうして信じたのか。妻が誘拐されることを恐れて400万円も古い家に投じて結局丸損していた。

それにしても売るつもりなら初めから正直に

「売りたい」

そう言って欲しかった。










生駒では実績がない。最初の数年は大阪市内の黒字で埋め合わせしていたのに、その収入がなくなった。その為、生駒では数年間は一度も外食できなかった。

実際父は一億以上で私の塾を売った。

「家賃をもらえないから売った」








父は4件のアパートの3件まで売っていた。私の塾以外はアパートのままなので3千万円ほどだった。

私がアパートを出ていった人の後を塾にしてよいか訪ねた時、父は言っていた。

「アバーㇳのままだと住民の権利があるので高く売れない。お前が塾を大きくするならそれが良い。それのほうが高く売れる。但しその家賃はきちんと払ってくれよ」








実際、父は二度も家賃を上げた。

「生徒が増えたのならこれくらい払えるだろう」

アパートのままだった時は11万円の家賃が12万円になり15万円になっていた。

おそらくその時から父は私を利用することしか考えなかったのだろう。茨木市の家を買えなかった。あのバブル、父は私の塾を売りたくて売りたくてたまらなかったのだろう、母とも相談していたのだろう。








「今売ると高く売れる、治男に塾をやめさせるようにマンションの話でもしてみるか」

「どうせあいつは三男だ。墓を守ることもしない」

ひょっとすると家族ぐるみで相談していたかもしれない。







妻が誘拐されることを恐れて父の古家を修理したのが最大のミスだった。その頃はバブルがなく茨木市に買えていれば、阪急電車を使い十分程度で大阪市の塾に行けた。生徒は百人以上で私の人生は全く違っていただろう。しかし、その場その場で最善を考えたのだ。後悔することだけはすまい。あの記事を見たのが運命を買えたのだった。

私は自分の甘さをくいる以外何も出来なかった。

つづきを読む







出来れば

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◎予知夢・超能力とは…?また彗星のごとく

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ガンで何度も死にかけた私が今思うこと





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最初から読む


私の入院体験から読む


住宅ローンの恐怖を読む


真実は何かを読む


現代は素晴らしいを読む


実は不幸だった父を読む


バブルの実態を読む


マスコミの報道は嘘だを読む


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二十七年ぶりのフィリピンを読む


日本の医療で発狂した私を読む


私の気が違った遠因についてを読む


前日の文を読む


妹はある意味で私も助けられた。アパートで塾をやるように勧めてくれたのだった。その当時、親戚がアパートで測量士をしていた。なんでも父が管理に困り親戚のために二十万円をかけて管理を頼んでいたのだが十分儲けができたのでもっと大きい事務所に変わったのだ。父は怒っていたようだ。






「せっかく大金をかけて工事したのに、引っ越しした。恩師せずの奴だ」

当時その親戚は外車を二台も購入していた。私は正直外車を買う人の気持はわからない。一台ならわからないこともないのだが。二台買う人の気持は分からない。しかし、私には職業を得るチャンスだった。

それを提案してくれたのが妹だった。






「お父ちゃんも困っているし、ハーちゃんはその場所で塾でもすれば」

と提案してくれたのだ。

当時の私は会社のエリートコースには合わなかった。せっかく京都大学を卒業しても、管理職には合わないと理解していた。






禁止されていたが、ラジオを作りたかった。昔の夢が捨てられず、京都大学を卒業しながらラジオの専門学校にお金をためて夜間で勉強していた。友達が出来ないとやはり勉強は出来ない。専門学校には京都大学を卒業したことは秘密にし、高校卒業ということでラジオの専門学校を勉強した。

専門学校で電気工事士とカラーテレビ修理技術者の資格を取った。






そこで友人も出来た。専門学校で出来た甲斐田君と中田君とは長い付き合いになった。ちなみにカラーテレビ修理技術者の合格者は全学生の四人だけで甲斐田君と中田君と私は三人とも合格し祝いの酒を飲んだのは今でも懐かしい思い出である。

「良かった。一人でも不合格ならお祝いができなかった。三人とも合格できて本当に良かった」






]


そう言ってお互いに喜びあった。その時、私は実は京都大学を卒業し事務に合わないと初めて告白したと思う。甲斐田君と中田君は

「あんたが京都大学を卒業してると知っていたら。きっと避けていただろう」

そう言ってくれたことを今でもはっきりと覚えている。







私は本当に電気製品の修理ができればそれで生きていけると信じていたのだった。

しかし、期待は裏切られた。専門学校では京都大学を卒業していたことを秘密にしていたのだが入社試験では隠せない。実際、当時京都大学を卒業しながら高校卒業で入社した人が解雇され裁判で

「本当のことを書かなかったことは解雇に値する」

と判決された事例を知っていた.









正直に京都大学を卒業したと書くと二〇社以上で不採用だった。

「内の社員は全員高校卒です。京都大学を卒業した人が社員と仲良く出来るとは思えません」

せっかく専門学校で技術を身に着けたのに採用されず私は絶望感に陥っていた。京都大学を卒業しながらホームレスの道へと進みつつあった。

つづきを読む





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【岡田有希子の謎】予知夢・超能力

◎予知夢・超能力とは…?また彗星のごとく

現れこの世を去った岡田有希子の謎に迫る!!






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ガンで何度も死にかけた私が今思うこと






こちらはいまガンで苦しんて゛おられる方には私の今のブログより役に立つでしょう。私のこのブログは若い人の為に役に立つと思うことを何でも書いていますが、今紹介したブログはガンだけに特化しています


実は日本の医療は先進国で最低だ

最初から読む

私の入院体験から読む

住宅ローンの恐怖を読む

真実は何かを読む

現代は素晴らしいを読む

実は不幸だった父を読む

バブルの実態を読む

マスコミの報道は嘘だを読む

再度の手術を読む

日本の宗教を読む

お尻の有り難さを読む

今後の私のブログの方針についてを読む

二十七年ぶりのフィリピンを読む

日本の医療で発狂した私を読む

私の気が違った遠因についてを読む

前日の文を読む






初めて愛した人が出来たのだ。誘拐されることを考えるとその古い家で住むのが安全上、一番良いと考えたのだ。しかし、本当にいじめにあったようなものだった。私の車を長男の車の前に置いていて、塾の時間がなかった。急いで塾に向かおうとした。しかし、長男が大きな声で私に言った。





「おい、車を私の車の前に置くな。私は校長だ。いつ車を動かさないとも限らない。車を入れ替えろ」

「時間がない。大阪市内の塾にいかないと遅刻する」

「そんなの関係ない。ともかく車を置き換えろ」








文句は言えなかった。両親が長男が一番偉いと決めている。私は自分が塾をして初めて遅刻した。急いだので車を傷つけた。長兄は笑いながら

「お前もまだ運転がうまくないな」

と笑った。急いだからだ。何も言わず塾に急いだ。







そしてもっと惨めなことが起きた。妻が出産になった時だ.私の車の前に長兄の車がある。車を動かせない。妻を支えて15分程も、病院まで歩いたあの日を決して忘れることはないだろう。起こしたらどれほど長男は起こるだろう。長男や次男は私のことを人間とは思っていない。両親の教育の賜物だった。惨めだった。







「400万円も出して、修理してどんな意味があったのだろう。断ってもらったほうが良かった」

本当に後悔していた。意地悪はそれにとどまらなかった。外国人も見飽きたのか。母と妹が殆ど同時に言ったのだ。義姉が言ったと言うのだ。

「〇〇姉さんが言っていたよ。ハルオさんはすぐ出ると言っていたのに。いつまでいるのかしら」







技姉が私に出て欲しがっているのか。妻が察ししたらどうなるだろうか.愛する人を傷つけたくなかった。私は新しい家を求めた。しかし、何という不運だろう。

茨木市に新しい家を契約した。しかし、バブルの到来だ。売り主がもっと高く売れると思ったのか、契約をキュンセルされた。









あの時、父が入るのを拒否してくれていれば、茨木市に家を買うことが出来ていた。わずかの期間のために400万円という大金を使い、茨木市に家を買う機会を逸してしまった。断られていたほうが良かった。誘拐を恐れたのだ。笑う人は笑ってほしい。






よくよく考えれば自分が出てほしいから義姉を出したのだ。技姉が後に私に言った。

「治男さん、義母さんはとても怖かった。私がそんなことを言える立場と思う」

尤もだった。万一、技姉がそう言ったとしてもそれを私に伝えたら私がどんな気分になるか分かる筈だ。要するに自分が言うことにより私を出したかったのだった。









妹は私を追い出したかったのだ。茨木市はバブルですっかり高くなりとても買えなかった。子供は生まれる。古い家にはムカデも出たしヘビも出た。当初の金では生駒にようやく家が買えた。塾は引っ越しが致命的である。大阪市に100人以上の生徒がいたが、その実績は生駒市では全く通用しない。茨木市に家を買えていたら10分で大阪市の塾に通えた。仕方なかった。









妻は茨木市を離れたくなかった。しかし、全てはバブルだ。私達の運命は新たに動き出した。生駒市に引っ越しする時、妹がいかにも

「淋しくなるね」と私に声をかけた。お前の報告がなければ引っ越さなかったかもしれない。心の中だけで私は言った。おそらく妹はホッとしていただろう。








そして両親により、生駒市で決定的な裏切りに合うのだ。簡単に騙される私はなんと馬鹿だったのか。

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実は日本の医療は先進国で最低だ






結婚がようやく決まると難しい問題が出てきたのだった。週刊誌の記事であった。
「日本人と結婚した妻が蒸発する例が多い」というのである。
当時はまだヤクザの力が大きかった。私の妻は素人だったし私を確かに愛してくれていた。別れる時の表情でもそれが分かった。










しかし、ヤクザが妻を誘拐して
売り飛ばしたりしたら日本の警察が探してくれるのかという不安を持ったのだ。
「奥さんがいなくなったの。どこの国の人ですか。フィリピンですか。最初から結婚して日本で働きたかったのではないですか」
本当に真剣に操作してくれるだろうか。












私は塾であり夜の仕事である。せっかく愛した人を誘拐されたらどうしようと不安になったのだ。
「日本人と結婚した妻が蒸発する例が多いというのである」
その記事は私を不安にさせた。何しろ、親にも愛されていなかったのだ。












「長男は大事な中野家の跡継ぎ、次男はスペア、三男のお前は生まれてくる価値はなかった」
そう言われて育ち。宗教に助けを求めた時期もあったのだ。
中学、高校と本当に教会に助けを求めていて、友人にも宗教を勧めた。宗教に助けを求めていると本当に心から信じてしまうのだ。高校二年のときだった。










「悪いことをしても神を信じると助けられる。天国に行ける。一生懸命生きていても神を信じなければ地獄へ行く。神様とはそんなに贔屓をするのか」と疑問に思ったのだった。聖書を捨てたのだった。
やはり人間と愛し合いたかった。ようやく愛する人が出来て、誘拐されるという恐怖を味わった。












日本人を愛していたらそんなに不安を感じないだろう。しかし、
日本語も知らないのだ。真剣に考えた。やはり日本語を覚えるまでは父の実家の近くに暮らせば安心だという結論になったのだ。











父は茨木市に三百坪の土地があり、長男には家を立ててあげていた。その隣が父の家であり間に古い家がありその古い家の前に妹夫婦と次兄夫婦が住んでいた。
全部父がお金を出していた。
その古い家は囲まれている。ここに住めば夜塾で働いても誘拐される心配はない。










父に誘拐の心配を話し、古い家に住みたいとぃ言った。父は快諾した。
「あの家は長い間使っていない。修理代をお前が払うなら住んでも良い」
修理代は400万円程掛かった。他の兄弟には父が家を建てていた。私だけが古い家であり修理代も自分が払うのは不公平だがそんなことはどうでも良かった。










私を愛してくれた人を何としても守りたかったのだ。
どうしても、初めて私を愛してくれた人を何としても守りたかったのだ。修理代を支払い結婚後はそこで住むことになった。しかし、それが大失敗だと気がついたのは相当時間が経ってからだった。初めは外国人が珍しいこともあり大歓迎してくれた。










しかし、大変な代償を払うことになったのだ。
そんな話をしてもつまらないと思う方が大部分だとは思います。しかし、私は発狂しました。原因の一つとして参考にして頂ければ良いのではないかと考え敢えて恥多いことを少し書かせていただきます。







精神病院の実態やその様子は後ほど書かせて頂きます。








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せっかく資格をとっても、採用してくれる会社がなければ働けない。京都大学を卒業したのが逆にハンディになったのだ。その為、自営以外に生きる道はなかったのだ。
その頃、私もアルバイトに疲れていた。やる仕事はことごとく下働きで給料も安く一日一食食べれば良いと諦めていた。お金は全く無かった。









初めてアパートの管理人になり管理室で塾を始めた。当然最初は二人か三人しか集まらなかった。それでも、家賃を一日で14万円ほど預かった時、生まれて初めての大金で怖かったことを今でも覚えている。
当初は苦しかった。アパートに電話があると生徒に課題を与えた。











「山下くんはこの10の単語を覚えよう」「田中くんはさっきの数学をもう一度自分で解いてみよう」
課題を与えて、電話を取り住人を呼び出した。携帯のない時代である。電話の取次は管理人の仕事であった。










管理人手当を一月に2万円ほどもらい、ようやく何とか生きていけると感じたのは三〇歳になってからだ。塾の電話はアパート共通だった。ようやく一〇人ほど生徒が集まり自分の電話。つまり塾の電話を買えた時は、その電話を抱きしめ「やっと一人前になった」と抱きしめたのは今でも忘れられない思い出である。










要するに当時の私はホームレスギリギリだったのだ。
やがて生徒が増えると、アパートの住人が出てもその後人を入れず、次々と教室に変え、一階は全て塾に変わった。父にはまとまった家賃を収めて、納期は必ず守った。とは言え、うっかり一日遅れると留守番電話に父の厳しい声が残っていた。









「今日は家賃が入っていなかった。どうしたのだ」
勿論、私は直ちに電話を入れてうっかり一日伸びた詫びを入れなければならなかった。
それでもこの日本で何とか生きていけると初めて思い始めた。何しろ、せっかく資格をとってもどの企業も雇ってくれないのだ。生きる道を絶たれたと本気で思っていた。









正直私は勉強などしたくはなかった。したいとすればラジオやテレビだけだった。大学へ行ったのは母の願いだったようなものだ。
母は常に私に言っていた。
「お母ちゃんは勉強できなくて辛い思いをしていたし、お父ちゃんから馬鹿にされる。あんたが頑張ってくれないとお母ちゃんの立場がないわ」











「なんで僕ばかりに言うの。どうして〇〇兄ちゃんには言わないの」
「あの子は勉強嫌いやないの。あんたは茨木高校に行ける力があったじゃないの」
母は勉強を高校時代にすっかりしなくしていた私を無理やり勉強させたかったのだった。










]尤も,京都大学に合格した時に、親戚中に自慢の電話をしていたが私には
「〇〇兄ちゃんを尊敬してあげてよ。お兄ちゃんなのだから」
と私に言うことは忘れなかった。母にとって私は見栄の材料でしかなかったのだ。母にとって常に可愛いのは次兄と妹だけで、私は母の愛を感じたことは一度もなかった。












物心ついてからずっとである。父を好きになれなかった母は父に似た私を好きになれなかったのだ。それはあらゆる場面で感じていたし、私が敢えて告白するのは、同じような人に激励したかったからで、多くの読者にとってはつまらないかもしれない。ここでお詫びしたい。私の当時に話題を戻したい。










三十五歳になると友人がことごとく結婚し、一緒に酒を飲む機会も減った。結婚はやはり男の別れの時なんだと痛感し、自分も結婚しようとあらゆるサークルに入った。しかし、結婚は困難な結果になった。一度、かなり私の好みの女性と仲良くなりかけたのだが、先方の親の反対があった。









「一人で塾を経営して病気にでもなればどうするのだ」
当時は女性は結婚すると主婦になった。やはり大企業の会社員や公務員は安定しており圧倒的に持てた。
その時、フイリピン人を結婚相手にしようとする人を旅で見つけその人には説得力があった。










「私は四十歳だ。日本の女性は相手にしてくれない、アィリピン女性と結婚することにした」
私も塾の講師で安定していない、同じことをしようかと考えた。英語が話せるので機会はある筈だ。何しろ、以前は向こうから飲みに誘ってくれた友人も私が誘っても
「今日は妻と約束がある」と断られると誘えなくなる、日本人女性は結局先方の親が反対する。持てないことは自覚しなければならない。











尤もフイリピン女性と結婚するとしても簡単ではない。二度も三度も振られている。しかし努力はいつか報われる。やがて妻と知り合いようやく結婚できたのが私か゜三十八歳のときだった、
フィリッピン人との結婚は大変複雑だった、あらゆる手続きを少しでも間違うと妻を一度はフィリピンに返さなくてはならなくなる。










絶対にミスがないように結婚の手続きを茨木市役所、フイリピン領事館、イミグレーション、すなわち入国管理局に行き何度も何度も確かめて塾の仕事もするのて大変だった。
でも私は嬉しかった。自分も好きになり。相手からも好きになられたのは生まれて初めての経験だった。家庭の愛を知らない私にとって人生で正に初めてだったのだ。









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妹はある意味で私も助けられた。アパートで塾をやるように勧めてくれたのだった。その当時、親戚がアパートで測量士をしていた。なんでも父が管理に困り
親戚のために二十万円をかけて管理を頼んでいたのだが十分儲けができたのでもっと大きい事務所に変わったのだ。父は怒っていたようだ。








「せっかく大金をかけて工事したのに、引っ越しした。恩知らずの奴だ」
当時その親戚は外車を二台も購入していた。私は正直外車を買う人の気持はわからない。一台ならわからないこともないのだが。二台買う人の気持は分からない。しかし、私には職業を得るチャンスだった。








それを提案してくれたのが妹だった。
「お父ちゃんも困っているし、ハーちゃんはその場所で塾でもすれば」
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昔、父から禁止されていたが、ラジオを作りたかった。昔の夢が捨てられず、京都大学を卒業しながらラジオの専門学校にお金をためて夜間で勉強していた。
友達が出来ないとやはり勉強は出来ない。専門学校には京都大学を卒業したことは秘密にし、高校卒業ということでラジオの専門学校を勉強した。








専門学校で電気工事士とカラーテレビ修理技術者の資格を取った。
そこで友人も出来た。専門学校で出来た甲斐田君と中田君とは長い付き合いになった。ちなみにカラーテレビ修理技術者の合格者は全学生の四人だけで甲斐田君と中田君と私は三人とも合格し祝いの酒を飲んだのは今でも懐かしい思い出である。








「良かった。一人でも不合格ならお祝いができなかった。三人とも合格できて本当に良かった」
そう言ってお互いに喜びあった。その時、私は実は京都大学を卒業し事務に合わないと初めて告白したと思う。甲斐田君と中田君は
「あんたが京都大学を卒業してると知っていたら。きっと避けていただろう」
そう言ってくれたことを今でもはっきりと覚えている。









私は本当に電気製品の修理ができればそれで生きていけると信じていたのだった。
しかし、期待は裏切られた。専門学校では京都大学を卒業していたことを秘密にしていたのだが入社試験では隠せない。実際、当時京都大学を卒業しながら高校卒業で入社した人が解雇され裁判で
「本当のことを書かなかったことは解雇に値する」
と判決された事例を知っていた.










正直に京都大学を卒業したと書くと二〇社以上で不採用だった。
「内の社員は全員高校卒です。京都大学を卒業した人が社員と仲良く出来るとは思えません」
せっかく専門学校で技術を身に着けたのに採用されず私は絶望感に陥っていた。京都大学を卒業しながらホームレスの道へと進みつつあった。






出来れば
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本当に脱線して申し訳ないが、これについて私見を述べさせて欲しい。通常、小さい時から一緒に育てられた兄弟を愛することは極めてまれであろう。私自身も自分の姉や妹の裸を見たいと思ったことはない。まして、自分の娘の裸体を見たいと思ったことなど一度もない。思うに自分の近親者には自然にブレーキがかかってしまうのだろう。それが自然なのだ。









私も多くの友人たちと話したが、私の友人の中には自分の娘の裸体を見たいなどと思うものは一人もいなかった。しかし、現実に自分の娘を強姦した例はいくらでもある。表面化しただけでも、いくつでもあるのだ。表面化していないものはもっとあるだろう。








実際、尊属殺人罪が廃止されたのはこの事件が契機になったのだ。これも若い方々は初めて聞くと思うので解説させて頂きたい。
「普通の殺人より刑が重く、死刑または無期懲役に処せられたが、最高裁判所はこの規定を憲法14条に定める法の下の平等の原則に違反するとした。平成7年(1995)の刑法改正で削除された」








被害者の女性は実の父から強姦されていた。二度も三度も妊娠していた。
父から逃れるために止む無く父を殺したのだった。
しかし、尊属殺人罪がある為に、検察は法を守る為に止む無く有罪を求めたのだった。最高裁判所は可哀そうな娘を助ける為に、初めて違憲立法審査権を発揮したのだった。











私は法律には本来興味がないのだが、余りにも驚いたのでついつい深掘りしたのだった。私の記憶に或は間違いがあるかもしれない。しかし、概ね真実であると思う。それにしても不思議だった。当時には有罪を求めるのは検察官の特権であった筈だ。なぜ、敢えて有罪を求めたのか不思議でならない。不起訴処分も選択できたのではないだろうか。機会があれば、ぜひ法曹界の方々に詳しく教えて欲しい。











それにしても思うのである。本来、子供時代を共有すれば異性として愛せないのが自然の摂理だろう。
しかし、例外も又あるのだ。私は目の前で母鳥が得にもならないのに、二十一日間も卵を温めて孵化させ育ったヒヨコを懸命に育てるのが不思議でならなかった。父が独り言を言っていたのを今更のように思い出すのである。











「大抵の牝鶏は卵を温めたがる。そやけど、全然温めようとせん牝鶏もいるんや」
大抵の牝鶏は得にもならないのに、卵を温めようとする。そして、ヒヨコの世話をしようとする。しかし、絶対にしようとしない牝鶏もいたのだ。
鶏の世界でも、例外があるのだ。まして、人間の世界ではあるのが自然だろう。











今、ようやく同性愛も認められるようになった。それなら、少数の例外として兄妹間の恋愛も認められて良いのではないだろうか?
確かに、遺伝子的には問題があるだろう。しかし、愛してしまったなら、本人にもどうにも出来ないのではないだろうか。幸い、私は恐らく自然のブレーキがあったのだろう。私は姉や妹やまして自分の娘を恋することはなかった。











しかし、両者が合意であるならば、道徳的に非難だけするのは如何なものだろうか。
少し脱線して申し訳ないとも思う。しかし、常に私は疑問として持っていたので話題として提供してみたくなったのだ。尚、当然に娘を強姦するのは絶対に悪いことである。しかし、例えば娘がその母が死んだ後にも、父しか愛せないとしたら認めても良いのではないだろうか。この問題に対しては、ここで止めたいし、止めなければならない。











家庭のことに戻れば、妹はなくてはならない存在だった。妹がいなければ我が家の秘密を知らないままだった。長兄と姉が先妻の子供であったことは、多分、私が高校に提出した戸籍謄本で初めて知ったのだと思う。三男の筈の私が次男になっていた。当時は驚いたのだが、誰も真実を教えてくれなかった。実の子でありながら、我が家の秘密を何一つ知らなかったのだ。





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妹は家族の中では最も愛されただろう。事実妹は家族の秘密を随分知っていた。例えば私が生まれて三年後に実は母が妊娠していたのだが、父にとっては四人もの子供を育てていて、中絶することを主張していたのだが、母は強く生みたいと言っていたらしいのだ。母が父に対して主張するなど考えられなかった。少なくとも私の目の前では、いつも父の意見を有難く聞いていた。






しかし、相当強く主張していたのだろう。その三年後に母がもう一度妊娠した時には流石に父も反対できなかったのだろう。恐らくしぶしぶ認めたのだろう。母は当然に女の子を望んでいたし、期待通りに女の子が生まれてきたのだ。可愛くて堪らなかったのだろう。今のように妊娠した時に男か女か分かる時代ではなかったのだ。








出産も病院でする人など殆どいなかった時代なのだ。出産の時には産婆さんが家に来て出産を手助けするだけだったのだ。それ故、出産はずっと難しかった。未熟児が生まれたら、ほぼ確実に死産になっただろう。時には子供は生まれたものの母親が死ぬことも珍しくなかったのだ。出産は文字通り命がけだった時代なのだ。








生まれて初めて女の子であることを知った母はそれだけに嬉しくてたまらなかったことだろう。何でも話せたのだと思う。妹が私に言った。

「もし、その時に中絶せずに出産していれば、私は生まれてこなかったのね」

確かにそうかもしれない。私は返答できなかった。







確かに妹は家族の秘密を知っていた。例えば私の祖母も実は初婚ではなかった。これは本当に驚くべき大事件だった。或は祖母がもしも生きていれば名誉棄損で告発されたかもしれない程の事件だった。直接この手記には関係ないだろうが、多くの方々の参考になると思うので敢えて祖母の秘密を書きたいと思う。







祖母は他の人と結婚していたのだった。だがすぐ実家に戻った。当時は今とは違っていた。女性は初婚が普通だったのだ。何しろ姦通罪が存在していた時代であったのだ。若い方々の為に姦通罪を解説すると、

「有夫の婦女が夫以外の男性と性的に関係をもったとき,夫の告訴をまって本罪で処罰された」

そんな時代だったのだ。当然に祖母は周囲から非難された。








仕方なく祖母は事情を語った。

何しろ、深夜には夫が必ず隣の布団からいなくなっていた。毎晩そうであった。不審に思った祖母は寝た振りをして、そっと真夜中に夫を探した。何と夫は自分の姉と同じ布団で寝ていたのだった。気持ち悪くなった祖母は逃げ出したと言うのだ。尤もな事情であった。昔のことだ。テレビもなければ、恐らくラジオもなかったであろう。たちまち噂が広まった。









すると間もなくその夫は姉と心中してしまったのだ。その心中事件は当時としてはかなりの噂になったらしい。当然に噂になったであろう。

祖母は同情されもしたが、同時に胸が痛かったそうである。あたかも自分が二人を殺したような気になって、うつ病にもなったそうだ。








しかし、時は流れる。やがて当時は相当高地位だった祖父と知り合った。祖父は理由が理由だけに初婚でなかった祖母と結婚したそうだった。

もしも、祖母が初婚でうまくいっていれば当然に父も生まれなかったし、その結果、私も生まれなかったことになる。二人の男女が出会うというのは何とも不思議なことである。







本当に脱線して申し訳ないが、これについて私見を述べさせて欲しい。通常、小さい時から一緒に育てられた兄弟を愛することは極めてまれであろう。私自身も自分の姉や妹の裸を見たいと思ったことはない。まして、自分の娘の裸体を見たいと思ったことなど一度もない。思うに自分の近親者には自然にブレーキがかかってしまうのだろう。それが自然なのだ。








私も多くの友人たちと話したが、私の友人の中には自分の娘の裸体を見たいなどと思うものは一人もいなかった。しかし、現実に自分の娘を強姦した例はいくらでもある。表面化しただけでも、いくつでもあるのだ。表面化していないものはもっとあるだろう。






実際、尊属殺人罪が廃止されたのはこの事件が契機になったのだ。これも若い方々は初めて聞くと思うので解説させて頂きたい。

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◎予知夢・超能力とは…?また彗星のごとく

現れこの世を去った岡田有希子の謎に迫る!!







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実は日本の医療は先進国で最低だ









妹は大学を卒業するとすぐに結婚した。妹は勉強しない割に成績は良かった。長兄と同じ大阪学芸大学を卒業していた。尤も妹が受験した時には大阪教育大学と名前が変わっていた。実質は恐らく同じだろう。卒業すればそのまま茨木市の教師になっていた。教師でいながら四人の子育ても同時にして、ほぼ定年まで勤め上げた。母は同じ敷地でもあり随分手助けしていた。










妹が教師として働きながら四人の子供を育てたのは、それなりに立派だった。しかし、母の協力がなければ絶対に出来なかったのは明確な事実だった。妹が働いている間には、同じ敷地に住んでいた母に子供を預けていたのだ。当時は私だけが自力でローンを抱えて三人の子供を普通の旦那さん以上に妻を支えていた。











塾の講師であった私は普通のサラリーマン以上に時間的余裕があったのだ。それ故に外国人であった妻を支えるのは私以外誰もいなかった。
妹が定年まで勤めなかったのは恐らくガンが原因だったのだろう。







後に父がガンになった従妹に手紙を書いていたことを私は知った。
要旨はガンの原因は心の方が大きいと言っていて、抗ガン剤は健康な細胞に悪いので使用しない方が良い。何より大病院は組織を維持する為に、無駄な治療をするので退院して心を安らかにするべきだ。と言うものだった。









伯母が父のお葬式の時に、
「ひょっとして誰かがガンになった時に参考になるのでは」
と父のお葬式の時に私たち兄弟全員に渡してくれていたのだ。私は恐らく大嫌いな父の手紙など見もしないで捨ててしまったのだろう。









妹は大好きな父なので大事に置いていて、抗ガン剤どころか手術そのものを拒否していた。医者は、
「Ⅲbですよ。さっそく手術しましょう」
と言っていたのだが、手術そのものを断っていた。その代り教師を辞めて、心を安らかにするためかあちこち旅行に出かけていた。









ナイアガラの滝も見たしオーロラまで見に行っていたらしい。
後に、数年後に同じ病院に行ったのだった。








医者は、
「やっと決心しましたか。さっそく手術をしましょう」
と言ったのだが、妹は
「検査だけして下さい」
と、主張し医者は、
「検査のレベルではありませんよ。即刻手術しましょう」
と言ったのだが、妹は断固断わっていたのだった。











数日後に医者自身が驚いたそうだ。
「へー、第一期になっています。ガンは悪化することはあっても、好転することなど滅多にありません。これなら、慌てて手術することもないかもしれませんね」
父は死んでからも可愛い娘の命を守ったことになる。









後に、妹に頼んでコピーをもらい、それをガンの会のアスカの会に持っていけば、会長は驚いて、
「何十年も前にこんなことに気が付いていた医師もいたのね」
と、父の全文を会員に送ってさえいた。やはり父は名医だった。ガンになることなど考えもしなかった私はせっかくの手紙を見もしなかった。








しかし、これで良かったのかもしれない。父は死後も可愛い娘を救いたかったのだろう。私には救いの手を差し伸べなかったのだ。父の手紙をもっと早く見ていれば四か月半も抗ガン剤で苦しまなかったのだ。結果的にはこれで良かったのだと思おう。思うしかないのだ。







出来れば
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実は日本の医療は先進国で最低だ








客観的事実だけを見ても分かる。姉以外の誰もが父のお金でそれなりの豪勢な結婚式をしてもらっていた。当然に母も同意していただろう。姉は結婚式をしなかったがそれは姉自身が結婚式を希望しなかったからだ。私だけだ。結婚式をしようとさえしなかった。








仮に母が、
「治男だけ結婚式をしないのは可哀そうよね」
その一言でもあれば父も不公平さに気が付いていたかもしれない。例えば次兄や妹の結婚式をしないと父が決めたとしても、母は父に頼んでいただろう。






「お願いします。可哀そうだから結婚式だけ挙げたげて」
間違いなくそう言っていただろう。
結婚後も父は私以外の全ての兄弟の為に家を建てていたのだ。長兄が結婚した時には、子供の初めての結婚だった。父は長兄の為に新築の家を建てて上げていた。その前の空き地も駐車場として用意していた。







その後、父は今までの実家を売り払い新しい家を長兄の家の隣に建てた。流石にその頃は農業を止めていた。いろいろな野菜を育て、鶏を育てることもやめていた。だから、大きな空き地があったのだ。そこで父は長兄の為に建てた家の隣に自分達夫婦の終の家を建てたのだった。その頃は私は何歳の頃だったのかはっきりは覚えていない。恐らく大学に入ってからだったのではないだろうか。








姉は結婚式こそしなかった。姉自身がそれを望まなかったからだ。しかしその後に、父の新しい家の前の空き地に姉夫婦が住むための家を建てたのだった。当然にその家に姉夫婦は引っ越してきた。結婚してからかなりの日を経てからだったと思うが、父は姉が近くに住んでくれることを望んだのであろう。長兄と同じように前の空き地を駐車場に用意さえしていた。









やがて次兄と妹が結婚すると姉の家の前に新築の家を建てたのだ。一階に次兄夫婦を二階に妹夫婦が住めるように、二つの入り口を別々に作ってそれぞれが住めるように家を建てて上げていた。只、駐車場の用意だけは出来なかった。三百坪の土地も、順に家を建てるにつけ、空き地のゆとりもなくなったのだ。









只、それにしても家を建てて貰うというのは、今の時代では確かに特権である。私だけだ。結婚式もして貰わなければ、家も建ててもらわなかった。それは良い。しかし、母が平等に兄弟全部を育てていたなどは本心で思っていたのだろうか。愛されて育てられた者は、他の誰もが愛されて育った者だと信じてしまうのだろうか。







確かに、母が死んだ時には妹は四人の子供を育てていたし、私が父母にどのように扱われていたか知る余裕もなかったのかもしれない。しかし、それにしても、殆どの普通の家庭は家に困るのだ。家ほど高いものはない。父は五人の子供の中で私だけの家を建てようとさえ思わなかった。頭の中に全くなかったのである。。










尤も、種々の理由があり、結果的には姉も次兄も自分で家を建ててそちらに引っ越ししていた。やはり、四人の兄弟が同じ敷地で暮らすのは多少の無理があったのかもしれない。しかし、それにしても、姉も次兄も一度は父に家を建ててもらっていたのだ。私だけだ。父も母も全く関知しなかった。それでも平等だったと妹は本心から思っていたのだろうか。










尤も、そんなものかもしれない。愛されて育てられた者は誰もが同じように愛されていると思うものかもしれない。
妹は私より六年も下の為に、当然に大人になるのも遅かった。そう言えば、父が五十歳の若さで開業医を止めた時に、妹がもう少し大人になっていれば父が怒らないように説得していたかもしれない。その時には妹は恐らく小学生だった。とても父を説得なんて出来る筈もなかった。











妹は間違いなく両親からは誰よりも愛されていた。母は間違いなく待ち望んだ初めての女の子であり、愛したのは当然といえる。しかし、露骨すぎたのだ。
妹は大学を卒業するとすぐに結婚した。妹は勉強しない割に成績は良かった。長兄と同じ大阪学芸大学を卒業していた。尤も妹が受験した時には大阪教育大学と名前が変わっていた。










実質は恐らく同じだろう。卒業すればそのまま茨木市の教師になっていた。教師でいながら四人の子育ても同時にして、ほぼ定年まで勤め上げた。母は同じ敷地でもあり随分手助けしていた。妹が教師として働きながら四人の子供を育てたのは、それなりに立派だった。しかし、母の協力がなければ絶対に出来なかったのは明確な事実だった。










妹が働いている間には、同じ敷地に住んでいた母に子供を預けていたのだ。当時は私だけが自力でローンを抱えて三人の子供を普通の旦那さん以上に妻を支えていた。塾の講師であった私は普通のサラリーマン以上に時間的余裕があったのだ。それ故に外国人であった妻を支えるのは私以外誰もいなかった。それにしても露骨に私を差別した母を「平等に育てた」とはよく言えたものだ。









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64歳でガンになりました。その偽らざる経験を知って頂きたいのです。

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